​名塩千軒

​歴史

起源については諸説ありますが、文明7年(1475)本願寺蓮如が越前より名塩に来訪し、広教寺(現・教行寺)を開き、後に信長の越前一向一揆弾圧の期に越前より縁故をたより紙漉き工が移り住み技術を伝えたと考えられています。慶長年間の頃、東山弥右衛門という人物が名塩に産出する泥を紙に漉きこむ技を導入し、名塩紙の始祖とされています。その後も襖などに使用される間似合紙を中軸として様々な種類の紙が漉かれましたが、中でもその類をみない紙質により藩札および手形用紙としての需要によりこの谷合の村落に名塩千軒と呼ばれる繁栄がもたらされることとなりました。